【パチンコ 台 強く 叩く】1日30万円豪遊の日々 競輪で1200万当てたギャンブル依存症の末路
翔太は、
小さい頃は、
そこそこ裕福な
暮らしをしていた。
両親は彼が小学生の時に離婚し、
それぞれ新しい
生活を始めていた。
翔太を育てていたのは、
祖父母だった。
祖父は、
パチンコ屋を経営していたので
金持ちと言えるレベルだった。
1980~90年代なので
パチンコ全盛期だろう。
しかし、
90年代後半から
小さいパチンコ屋が
次々と潰れていった。
その時代のど真ん中に
いた人も多いのでは
ないだろうか?
さて、
翔太は、
気の優しい祖父母に
育てられたものの、
いつの間にか
家計は火の車になっていた。
祖父は、
パチンコ屋を辞めて
年金暮らし。
祖父母のわずかな収入で、
生計を立てる
貧しい日々だった。
成長するにつれて、
翔太は当たり前のように
不良まっしぐら。
学校にはほとんど通わず、
盗んだバイクで走り回り
パチンコ店に入り浸る日々。
最初は、
小遣い程度の稼ぎだったが、
いつしかそれが生活
そのものになり、
気づけば「パチプロ」として
名を馳せるようになっていた。
読者の中には
覚えている人も
いるであろう。
その頃は、
台を叩いて入れるという
荒業が横行していた。
味を占めた翔太は、
毎日の様に違うパチンコ屋で
台を叩きまくって、
日当で30万くらいは
荒稼ぎしていた。
もちろん
見つかって出禁になることは
日常茶飯事。
そうなると
県外に遠征までして
稼ぎまくっていた。
豪遊し、
デリ〇ル呼んで
ホテル泊まって。
という毎日。
しかし、
そんな日々が何年も
続くはずもない。
パチンコ屋の対策で
台が叩けなくなった。
小さいパチンコ屋は、
新しいを台を入れられなくて
古い台を置いてるところもあった。
そういう所を
狙って行くが
出禁の店も増え
苦しくなってきた。
その頃、既に、
祖父母に頼って多額の
借金をさせていた。
毎回、
「これで最後だから」
と言いながら、
翔太はその金をギャンブルに
注ぎ込んでいった。
そして、
現在の彼の生活といえば――
彼女の美咲のアパートで
完全にひも状態。
何故か、
そういうクズに限って
いつも可愛い女が
そばにいる。
美咲が夜の仕事で
稼いできたお金で
食いつなぎ、
翔太自身は何もせず
だらだらと日々を過ごす。
そんな彼が、
「一発逆転」を狙って
競輪場に足を運ぶことになる。
美咲から借りた(奪った?)
1万円を握りしめ、
翔太は競輪の大穴に
全てを賭ける。
もちろんいつも通り
全財産ぶっこむ。
レースの結果は――
奇跡的な大当たり。
1,200万円もの配当金を
手に入れた翔太は、
歓喜に打ち震えた。
借金返済も楽勝、
これで自分の人生も変わる!
そう思った翔太だが、
手に入れた大金を使い道を
考える間もなく、
彼の豪遊劇が始まる。
キャバクラでの
ド派手な飲み会、
高級時計や
ブランド品の爆買い、
そしてさらなる
ギャンブルへの投資(?)……
気づけば残高は
みるみるうちに減っていった。
そして祖父母への
借金返済どころか、
更に、
美咲にもお金を借りる始末。
周囲の忠告に
耳を貸さない翔太は、
最終的にすべてを失い、
再びゼロどころか
マイナスの地点に戻ってしまった。
美咲は、
「もう耐えられない」
と出て行き、
残された翔太には
豪遊の記憶だけが残った。
競輪場の熱気に
包まれたあの日、
翔太が掴んだ栄光は、
今ではただの儚い夢物語。
「もしあの金を
しっかり使っていれば、
祖父母の負担を
減らせたのに……」
という後悔などは
1ミリもしない。
今では、
大勝できるパチンコ屋など
ほぼほぼ存在しない。
たまに勝てても
負けのほうが多い。
それでも
ギャンブルは
辞められない。
それが
ギャンブル依存症なのだ。
何千万、
何億あろうが
一瞬で溶かせる。
それでも、
一発逆転を夢見て
タネ銭探す日々を
過ごしている。
結局、
何も変わらない。